『ばにらさま』山本文緒*闇と光の反転が痛く優しく心を包み込む短編集

本のはなし

こんにちは、たれみみです(^^)/

今日はこちらの本を紹介します。

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『ばにらさま』山本文緒*闇と光の反転が痛く優しく心を包み込む短編集

作品情報

著者:山本 文緒

出版社:文藝春秋

発売日:2021年9月23日(文庫版は2023年10月11日)

本の長さ:218ページ(文庫版は240ページ)

あらすじ

優しいけど冴えない主人公・広志に初めてできた彼女は、バニラアイスのように色白で細く、いつも身体が冷え切っていて冷たい。そんな彼女を広志の友人は「バニラさま」と命名する。「彼女は冴えない自分となぜ付き合ってくれているんだろう」と不思議に思いつつもひたむきにバニラさまとのデートを重ねる広志の一方で展開される冷ややかな日記。闇と光が反転し、驚きのラストに切なくなる物語。

その他5編を含む短編集。

意外な書影と着想のきっかけに驚き

山本文緒さんは、2021年10月に58歳という若さでこの世を去っておられます。

山本さんが最後に出版された作品がこちらの『ばにらさま』。

余命宣告を受けた後、「生きている間にもう一度自分の本が出版されるのを見たい」と、文芸集などに既出の短編たちを集めてなんとか出版されたそうです。

最初に単行本を手に取った時、まず書影のインパクトに驚きました。

ぽわ~んとした守ってあげたくなるような女の子。

ちょっとメルヘンで夢うつつな感じ。

「なんだか(いい意味で)山本文緒さんっぽくない!」

(どちらかというと文庫版の書影の方が山本さんの今までの作品たちの印象に近い気がします。)

山本さんは『ばにらさま』を書いたきっかけをこう語られています。

表題作「ばにらさま」を書こうと思ったきっかけは、閉店間際の駅ビルを無目的な白い顔でふらふらと歩いていた美人さんを見かけた時でした。洋服を次々と物色していてもその目には何も映っていないように見えて、彼女はどんな人なのだろう、どんな時に心から笑うのだろう……と興味を持ちました。ステレオタイプと呼ばれる女の子達にも、内面にはその人しか持つことのない叫びや希望があるはず。

街中で偶然見かけた一人の女性から物語の着想を得られたことにびっくり!

着想を得たきっかけの女性のように、バニラさまも、外見の印象だけでは掴み切れない、一体何を考えているんだろう?と思わせる雰囲気があります。

なので、読んだ後にこの書影を見るとしっくりきました。

闇と光が反転する快感

広志は「正社員」、バニラさまは「派遣社員」

広志は「太っていて汗かき」、バニラさまは「色白で細くて冷え性」

この対照的な描写から、バニラさまは一見「頼りなく守ってあげたい存在」のように感じます。

そんな中、書き手が不明な”冷ややかな日記”が出現。

そのせいで「あれ?バニラさん実は腹黒?」「広志、騙されてる?」と不憫に感じて心配になってきます。

しかし最後まで読むと・・・闇と光が逆転。

果たして、本当に不憫なのはどっちなのだろう・・・?とわからなくなりました。

『ばにらさま』以外の5編も、物語の途中から世界観がガラッと変わるものばかり。

『わたしは大丈夫』は「夫と娘と爪に火をともすような倹約生活を送る妻」と「不倫相手の女性」

『菓子苑』は「浮き沈みの激しい女性」と「そんな彼女に翻弄されるが放っておけない女性」

対照的な登場人物の印象が変わる瞬間には、あっと驚かされる。

見えていたもの、信じていたものが180度変わる感覚は、まるでミステリー小説を読んでいるかのような味わいでおもしろい!

何者にもなりきれず苦しむ人生を肯定してくれる

どの短編もおもしろかったですが、私が好きだったのは『子供おばさん』です。

中年の独身女性・夕子は中学の同級生の葬儀に参列し、遺族から思わぬものを形見として託されます。

その形見の内容にびっくりするお話なんですが、同級生や遺族から夕子に何気なく投げかけられる言葉があまりにも失礼なんですよ。

中年の独身女性は「身軽」「寂しい」「いつまでも若いつもり」と偏見に満ちているんです。

夕子は自分に対してこう感じています。

私は子供だな、おばさんなのに子供だな、子供おばさんだなと階段を上りながら思っていた。今はもういない祖母が、飼っていた猫を撫でながら、おまえは赤ん坊を産んでいないからいつまでたっても子供だねえと目を細めてよく言っていた。あれの可愛くない版だ。大人になりきれなくて可愛いねえなどと、誰が人間のおばさんの頭を撫でるだろうか。

いや~この気持ち、とても身につまされる思いでした。

いつまで経っても大人になりきれない感覚。リアルに共感です。

物語の最後に夕子は、とある決断をして、生きていきます。

最後の最後の文章がこちら。

何も成し遂げた実感のないまま、何もかも中途半端のまま、大人になりきれず、幼稚さと身勝手さが抜けることのないまま。確実に死ぬ日まで。

周囲に期待されるような大人にはなれないかもしれない。

いつまで経っても中途半端なままかもしれない。

探していた答えなんて見つからないかもしれない。

それでも、自分なりの人生を歩んでいく。

この物語は、何者にもなりきれなくて苦しんでいる人たちの人生を肯定してくれているように感じました。

無理せず今のままでいいんだよ、と包み込んでくれる山本さんの包容力を感じます。

そんな作品を、最期に残してくださったことに感謝です。

痛くて、切なくて、だけど最後には優しく包み込んでくれる短編集。

ぜひ手に取ってお読みください(^^♪


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